「経営者の責任力」どんな結果でも絶対逃げないチカラ

「経営者の責任」とは何だろうか?

結論をいうと「役に立つこと」と「迷惑をかけないこと」である。

  • お客様の役に立つ、迷惑をかけない
  • 仕入れ先や外注先、その他の取引先の役に立つ、迷惑をかけない
  • 社員やその家族の役に立つ、迷惑をかけない
  • 自分の家族や大切な人たちの役に立つ、迷惑をかけない

である。(参考:3Gベストの経営

しかし、ときどき「それができたら苦労しないわ!」という声が聞こえてくる。

たしかに、その通りだと思う。
会社経営は、そんな簡単なものではない。
時には、お客様に迷惑をかける、仕入れ先や外注先にムリをお願いする、社員やその家族に必要以上の負担をかける、そして、経営者自身も含め、家族や大切な人たちに辛い思いや悲しい思いをさせることがある。

しかし、これは、当然のことでも当たり前のことでもない。

必ず解決しなければならない「経営課題」なのだ。

周りに迷惑をかけることは「解決すべき課題」なのだ。

・・・と、いう「責任感」を経営者として持っているか?

その責任を痛感し、解決に焦りがあるか?「いつか解決するよ」って期日も決めず先送りしてないか?

「経営者の責任力」についてまとめてみた。

「経営者の責任」とは「決断の責任」「意思決定の責任」である

あなたも経験があるだろう。

  • なかなか決断できずに悩む
  • なかなか意思決定できずに悩む

偉そうにこんなブログを書いているボクも多くのことで悩んできた。決断や意思決定ができずに焦ったり、悩んだり、逃げ出したくなったり、寝られず、深酒してみたり・・・。

なぜだろう?

「デメリット回避」だ。

決断や意思決定の結果、

  • 失敗したくない
  • 損したくない
  • もっと得をしたい

そして・・・

  • その責任を取りたくない

なぜ?カッコ悪いから?

他にも様々な感情が責任や意思決定を躊躇させている。いずれにしても、決断や意思決定の結果責任に程度の差はあるがビビってしまう。

あげくの果て・・・決断や意思決定をする前から「言い訳」を考え始めている、さらには「責任の転嫁先」を探している。

これを読んでいるあなたには該当しないと思うが、周りを見渡せば、そんな人の2~3人は思い浮かべることができるのではないだろうか?

「責任感が欠如している人」

経営者がこれでは困る。

「経営者の責任」とは「決断の責任」「意思決定の責任」なのだ。「結果責任は、すべて自分にある」「どんな結果でも絶対逃げない」という心がけ・心構えである。

「想い通り経営」に必要な「経営者の心技体」

ボクは、前述したように「経営者の責任」は、「役に立つこと」と「迷惑をかけないこと」だと思っている。言い換えれば「周りを幸せにする経営」あるいは「不幸者を作らない経営」であり、これが「経営者の成功」だと思っている。

人々の幸福のために
経営者の想い通りの会社経営が持続している状態。

これが「想い通り経営」だ。

そのために必要な「心技体」の「心」の一つが「責任力」である。

なぜ「心技体」が必要なのか?

「優秀な人・善良な人がついてこない」からだ。

会社経営に、優秀善良な社員や取引先が欠かせないのは言うまでもない。経営者はトップリーダーとして、優秀な人たちや善良な人たちから支持される必要がある。

「社長、いっしょに頑張りましょう!」
「社長、この会社で仕事ができて幸せです!」
「社長の会社と取り引きできてよかったです!」

組織・チームのパフォーマンスが、会社の成長を支える。
そのパフォーマンスを左右するのがリーダーの「心技体」だ。

「経営者の責任力」が足りないことによる不都合

自分が意思決定し、決断した結果が、想定とは真逆だった・・・。つまり、意思決定をミスった場面だ。

「全責任は経営者である自分にある」と頭では、つまり「理屈」は分かってる。しかし、心の奥底のホンネでは

「自分は悪くない。実はアイツが悪いんだ・・・」
「想定外が起きたから仕方がないやん・・・」
「本当は、真逆と分かっていたが・・・」

とモヤモヤしたりイライラしたりしている。

潔くない・・・

が、しかし・・・

責任負担を躊躇している自分を「見せない」「悟られない」こと

経営者と言えど生身の人間である。
そんなストレスを感じ、それを拭うこともできない。
聖人君主じゃあるまいし、自分はそんなデキた人間ではない・・・。

これが現実かもしれない。

しかし、注意しなければならないことがある。

「真の姿」は、そうかもしれないが、

  • 周りに見せてはならない
  • 悟られてはならない

責任負担に躊躇しているリーダーの姿は「絶対ナイショ」なのだ。

当然、きっぱり潔い経営者になることが最良である。

しかし、一朝一夕になれないかもしれない。だったら、まずは「見せないリーダー」になることだ。

賢明なあなたはすでにわかっているように、責任逃れや言い訳をしているリーダーを見せることは「リバウンドリスク」が大きすぎるからである。

チームのトップリーダーとしての信頼や信用を、つまり求心力を失うことになりかねない。

  • 決断に迷い、優柔不断になっている自分
  • 意思決定をためらい、先送りしている自分
  • 失敗したことを正当化しようと言い訳をしている自分
  • 失敗を他の真犯人のせいにしている自分

そして・・・

  • 癒しや慰めを求めている自分

そんな姿は、極々プライベートな友人や、受け止めてくれるであろう家族以外に見せてはならない。悟られてはならない。(もしあなたの傍らに優秀なコーチがいるなら、吐露する相手はそのコーチだけでよいw)

繰り返すが、責任負担を躊躇している姿は、リーダーとしての求心力を失いかねない。

さらに、付け加えると、そんなリーダーの組織には

  • 責任を取りたくないのでチャレンジしない
  • 失敗しても認めない、謝らない、言い訳をする

そんな人材が引き寄せられてくる。あるいは、そんな社員になってしまう。悪いお手本が目の前にいるからだ。社員は「鏡」だ。

責任力不足、繰り返すが「リバウンドリスクが大きすぎる」。

「全責任を負うこと」は不幸だろうか?

「全責任を負わされる」のは不幸かもしれない。
自分に非が無いのに他人の責任を「負わされる」のは不幸だろう。

しかし、会社経営においては、自分の決断や意思決定の結果責任は「負う」のであって「負わされる」のではない。

例えば、連帯保証人になって、借金を肩代わりしたから不幸だろうか?それは「違う」。保証人になる、って自分で意思決定した結果だからだ。自業自得だ。確かに、周りの人は「大変だね」「可愛そう」と慰めてくれるかもしれないが、多くの本音は「連帯保証人になったあなたが悪い」と思っているものだ。これを「不幸」って感じるのは「責任力」が足りていないからだ。

また、いわゆるアトツギ、二代目、三代目後継者からも「オヤジの責任を肩代わりさせられて困ってる」というような話を聞くことがある。酒の席のグチなら、ボクは肩を抱きながら「わかる!キミの苦労はよくわかる!」と慰めてあげる。しかし、最後には「自分で決めてアトツギになったんやろ?」「もし、やらされてる、と考えてるなら、さっさと解散して転職したら?」と引き締めることになる。

「自分が決めたことだから全責任は自分にある」という考え方が「責任力」だ。所有と経営が分離している上場会社とは違って、多くの中小企業はオーナー経営者だ。全て、自分で考えて、自分で意思決定し、指示命令を下す「全権」を持っている。だから、当然「全責任」もセットだ。

ここまでの話が「建前論」と思うならば、残念ながら「想い通り経営」は実現できない。

「経営者の責任力」、「想い通り経営」に不可欠な「心」を高めるためのとても大切なチカラの一つである。

まとめ

以上「経営者の責任力」について考えてみた。

「社会における自社と自分の責任を正しく認識し、どんな結果でも絶対に逃げないチカラ」だ。

「想い通り経営」を実現するための「経営者の心技体」の中でも、特に大切な「心」のチカラである。是非、参考にしてほしい。

お役に立ちますように!

【このブログについて】「若手経営者のための経営支援ブログ」