私は、中小企業経営者のコーチとして様々な人事評価の現場に立ち会ってきたが、その経験上「中小企業の人事評価基準は、絶対にシンプルがよい」と思っている。
中小企業の現場で、人事評価制度を運用するのは「経営者本人」か、もしくは「側近」の人たちだ。誤解を恐れずに言うと彼らは「人事評価の専門家」ではない。
人事評価制度は「正しく運用できてナンボ」である。コンサルタントや専門家が作った素晴らしいものであっても正しく運用できなければ宝の持ち腐れとなってしまう。
この記事では、私が中小企業経営者のコーチとして、現場で活用している「マーカス式人事評価基準」を紹介するので参考にしてほしい。
目次
人事評価の目的は「社員の成長」と「経営者の成長」
中小企業であっても「人事評価制度」が必要なことは言うまでもない。本題に入る前に「人事評価の目的」を確認しておこう。
そのひとつは「社員の成長」である。
社員たちは「奴隷」ではない。ゴマンとある会社のなかで、人生の大半を過ごす会社としてあなたの会社を選択してくれた「人材」である。あなたの事業目的の実現のために毎日出勤して頑張ってくれる大切な「人材」なのだ。
そのような彼らの日常の頑張りを正しく評価し、それに見合った待遇を用意することは「経営者の誠意」だ。だから「人事評価制度がない会社」に出会うと、私は「誠意がないな」という印象を持つ。
雇い主として「社員の成長を支援し、その成果に見合う待遇を用意し、彼らの幸福に貢献する」という視点を忘れてはならない。これは、企業規模に関わらず中小企業であっても経営者が必ず持っておくべき大切な視点である。
そういう意味で「ふたつ目の目的」がある。それは「経営者の成長」である。
人を指導し、さらに評価をするという責任あるポジションは「リーダー」「指導者」としての絶好のトレーニングとなる。人材の成長支援を目的とする人事評価制度を「真面目に運用」すれば、経営スキルは飛躍的に成長することは間違いない。
(参考記事)
【人事評価】最大メリットは「経営者の成長」である
「人事評価」の正しい運用とは?
人材の成長支援を目的とする「人事評価制度」を正しく運用すれば(言葉遊びのようで恐縮であるが)社員が成長する。
逆に言えば、どれだけ立派な人事評価制度があっても正しく運用しなければ、社員の成長はなかなか進まない。
正しい運用とは、PDCAサイクルを回すことである。
P | Plan | 人事評価基準の設定 =経営者が望み、期待する「当社の社員のあるべき姿」の言語化 |
D | Do | 日常の業務での実践 |
C | Check | 人事評価 =課題発見:あるべき姿に対して何が不足しているか? |
A | Action | 課題解決のサポート |
このように、経営者自身がゴールを示し、一人一人の社員について、そのゴールまでの道のりのどのあたりにいるか?を共有し、彼らがゴールに到達するまでのサポートをすることで成長を促す。人事評価基準は、そのための「道具」である。
したがって、上記に照らし合わせて「正しくない運用」をイメージすると下記のようになる。
P | Plan | 「建前論」や「一般論」となっており、経営者が望み、 期待する「当社の社員のあるべき姿」とは相違している。 ・経営者自身が「建て前」と思っている評価基準 ・とりあえず「カッコをつけただけ」の評価基準 ・そもそも経営者が「望む人材像」を明確にできていない など・・・ |
D | Do | 人事評価基準に基づいた「観察」をしていない |
C | Check | とりあえず「感覚的に点数をつける」 |
A | Action | 評価点をアップする教育研修の仕組みがなく 社員の「自習」に頼って放置 |
このように、評価基準そのものに経営者の想いが反映されていない、評価のための観察をしていない、評価基準の「各段階の定義」は無視して採点、点数が低くても放置・・・こんな環境でも成長する優秀な人材は極々一部である。
念のため書き添えておくと、このような「正しい運用」をしなくてもよい場合もあるが、それは「人材の成長を求めていない」場合だけだ。
正しく運用するためにシンプルがよい
私も「理想」は「レベルの高い評価基準」と思っている。高い理想を掲げて、全社一丸となってその山の頂を目指す!そして、ハイレベルなチームとして成長する。あるべき「理想」である。
しかし「現実」はどうだろうか?そんなハイレベルに到達できるだろうか?もっと言えば、そんなハイレベル人材が必要だろうか?
だから、私は「理想」より「現実」をお勧めするようにしている。これは「妥協」ではない。「正しく運用するための選択」である。
ハイレベルな評価基準を作成しても、PDCAを回すことが出来なければ「宝の持ち腐れ」どころか「お飾り」になってしまう。
だから「花より団子」、正しく運用できるレベルで作成するべきと思う。その「目安」は「評価する側が指導できるレベル」である。
評価する側も手が届かないようなハイレベルな評価基準で社員を評価すると「あなたもできないレベルでエラそうに評価されたくない」「できるなら、あなたが手本を示してほしい」というフレーズが彼らの心に浮かぶだろう。
基礎スキル10項目+実務スキル10項目が適量
そこで、私がおススメしている「マーカス式人事評価基準」は、基礎スキル=10項目と、実務スキル=10項目の合計20項目。
評価項目がこれ以上になると、それに比例して「手間」がかかり、その結果、曖昧で無責任な雑な評価になる危険性が高くなる。
基礎スキルは、老若男女・職種・役職に関わらず、全員に共通する「ビジネス・パーソン」としての基礎的なスキルである。パソコンで言えば「OS」に相当するスキル。
実務スキルは「OS」に対して「アプリ」。職種ごとに設定されるスキルだ。
キホンとなるサンプルを紹介しておこう。
基礎スキル10選のサンプル
評価項目 | 概要 |
---|---|
社会力 | 社会人としての認識、姿勢、行動 |
組織人力 | 組織の一員としての認識、姿勢、行動 |
課題発見力 | あるべき姿と現状を正しく具体的にイメージし、 そのギャップとしての課題を明確にするスキル |
計画達成力 | 目標やゴールに期限を設定し、 その達成のために具体的な行動計画を立てて、 着実に実行し、ゴールに達するスキル |
コミュニケーション力 | 情報を正しくタイムリーに発信・受信するスキル |
受注力・発注力 | 社内外を問わず、仕事を正しく受けるスキル とともに発注、依頼するスキル |
報連相力 | いわずと知れた報告・連絡・相談のスキル 社内外を問わず、思いやりをもって報連相する力 |
管理力 | 管理とは、リスクを想定し、事前準備、 事前対処するスキル 先読みや想定の力 |
積極的経験力 | 一言でいえば自習するスキル 成長のために自ら積極的に学習する力 |
議論力 | 自分の考えや意見を正しく発言し、 逆に他者の話を正しく理解し受け止めるスキル |
実務スキル(営業職)のサンプル10選
基礎スキルは、全員共通であるが、実務スキルは「職種別」評価基準である。営業職、技術職、総務職と言う具合に職種別に設定する。
例えば、営業職であれば、下記のような項目が一般的だ。
- 商品知識力
- 新規開拓力
- 企画・提案力
- 販売力
- 接客力
- 仕入力
- 採算力
- 課題解決力
- 作戦遂行力
- その他PR
それぞれ5段階評価
上記の各項目は「5段階」で採点する。その目安は、下記のとおりである。
- 【1点】理解・納得レベル(あるべき姿が分かっている)
- 【2点】行動レベル(日常業務において改善課題がある)
- 【3点】成果レベル(日常業務に支障はない)
- 【4点】習慣・安定レベル(イレギュラーなことも対応できる)
- 【5点】相互支援レベル(他者の指導・組織内外への拡散)
ちなみに「見た目」は「1~5」なので、5段階に見えるが、1点にも満たない、というケースがあるので「0点」もありえる。よって結果として「6段階評価」として活用することをお勧めしている。
どのような人材になってほしいか
以上「基礎」と「実務」のサンプルを紹介したが、実務の現場では上記をキホンとして、それぞれの経営者の意向によって数項目を入れ替える。
例えば「基礎」の「受注力・発注力」よりも、最後までやり遂げる「責任力」を評価したい、というリクエストがあれば「じゃあ、入れ替えましょう」って具合である。
この評価基準を作る時の大切な視点は「当社の社員に、どのような人材になってほしいか」という経営者の望みや期待の強さによって優先順位をつけることだ。あれもこれも欲張りたくなっても「優先10選」に絞ることが正しく運用するコツである。
まとめ
以上、私がおススメしているシンプルな人事評価基準を紹介したが、これでも「シンプルじゃないやん!」と意見をいただくことがある。その時は「慣れてないからやん!」と返すことにしている。
つまり、人事評価そのものに不慣れな時は、何を見ても「難しいな」「面倒やな」という感想を持つ経営者が少なくない。私の「次の仕事」が始まる。つまり「トレーニング」である。若手経営者が「評価する側」として人事評価制度を運用するためには、少し勉強が必要である。
経営者と一緒に評価基準を作成し、次に「どのように評価すればよいか」のトレーニングを始める。約半年間、経営者の体に染み込ませるために、様々な事例や想定によるディスカッションを繰り返す。そうすると「シンプルじゃないやん!」と難しい顔をしていた経営者が「めっちゃ、分かりやすい!」とニコニコしてくれる(笑)。人事評価を通じて経営者本人がワンランク成長した瞬間である。
お役に立ちますように!